002 : 階段



 うるさく軋む重い鉄の扉を開ければ吹きっさらしの踊り場、さすがに冷たく風が首を撫でた。眺めよく空も見えるコンクリートの外階段、あっさり追い越してさっさと下りてゆく薄情な背中。
 腹減ってんだ急げよ、なんて昨日も一昨日もくり返したような文句、飽きもせず投げて寄越した。

 トン、タン、トン、タン、トン、タン、トン、タン…

 足が全部収まりきらない、奥行きの狭い急な階段を慣れた足どり、まるで危なげなくすたすたリズミカルに下りてゆく。ポケットに両手をつっこんで、気分でもいいんだろうよ、無意識らしい鼻歌まじりに。
 昼時、込みすぎるエレベーターは端っから無視、晴れでも雨でも連れ立ってこの階段を使うのはいつものこと。
 なんてことはない、こんなのは日常何度も目にする光景。駅でアパートで、普段から階段の上り下りが特別珍しいなんて生活はしてない。
(にしても、なんでかねぇ………?)
 自分自身に問いかけたところで答えが返ったためしはない。そもそも返ってくる答えなんて無いんだろう。普段はこんなことすっかり忘れてるくらいだし。ただ何時からだったか何度目になったかもうすっかりわからなくなったその衝動をこの瞬間に、実行している自分を夢想するだけだ。どういうわけか。
 微妙にリアルに。
(ま、やりゃあしないけどさ)

 トン、タン、トン、タン、トン、タン、トン、タン…

 建物同様古くさい階段を下りてゆく足音は規則的に響き、錆の浮いた手すりに一瞬も頼る様子のないまま、目の前で調子よく背中がゆれる。長い下りの階段が何度も何度も折り返して地面に近づく。踊り場でくるり同じ方向に身体を回すせいだ、うっすらと目眩が重なり足どりをためらわせる。
 でもホント、まったくなんてことはない。始終そこらで目にするごくごく当たり前の光景じゃないか。なんだってこんなこと思いついちまうんだろ。
 それとも、理由を探してることそのものが間違いってことかねぇ?

 トン、タン、トン、タン、トン、タン、トン、タン…

 ああ、しっかしホント参るわ。
 まるっきり無防備なあの背中。
 一押ししたら、落ちるよな、きっと。
(ま、やりゃあしないけどさ)
 肩甲骨の間を。それとも首の付け根のあたり。
 とんっ、て。
 ごくごくかるーく。
 とんっ、てね。
(やりゃあしないだろうけどさ、たぶん)
 たぶん。ねぇ?

 トン、タン、トン、タン、トン、タン、タン。

 はい、無事到着お疲れさま。
 メシだね、メシ。わかってるって。
 さて今日は何食おうな。


(2003.4.1)






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