020 : 合わせ鏡



 堅く冷たい暗闇の中、ちかちかと光粉が弾け、通りがかったそれの気を引いた。
 こっそり覗き込んだその先には、二枚の鏡の前で必死に祈っている少女の姿。
 人の世界の、其処は午前零時。
 小さな声でくり返される呟きに、蝋燭の炎がゆらゆらゆれていた。


「本当に悪魔がいるなら、どうか出てきて。
 私の命をあげるから、ひとつだけ、願いをかなえて」


「…それで。いったい何してほしいの?」
 鏡の間からこぼれた声にはっと少女は顔を上げ、そこにある筈のないものの姿を目にした。
 青み帯びた黒色の皮膚。マントのような皮膜の翼。額を飾る二対の角。闇に溶け入るそれら全てを裏切る、美しく整った顔が笑っている。
 信じられぬ表情で、しかし必死に縋りつくように少女は問いかけた。
「本当に? あなた、悪魔なのね!?」
「そう呼ばれるみたいだね。時々は人間の願いも聞いてるよ。魂と引き換えという約束で」
「それならお願い! どうか……」
「あ、まず念のために言っておくけど、できることとできないことがあるからね」
「できないことがあるの?」
「当たり前じゃないか! 何でも叶えられるのは、ごくごく一部の連中だけ。第一、こんなので呼び出せやしないよ」
 二枚の鏡を示して莫迦にした口調で言い、悪魔は神妙に少女に向き直った。
「さて、じゃあまず君のお願いを聞こうか?」
 少女は胸にしっかりと抱いていた写真を取り出し、悪魔に見せた。
「この人を生き返らせてほしいの!」
「あらら。それ、無理だ」
 残念だけど、とその整った顔を歪め、あっさりとそんな答え。
「どうして!?」
「だって、君を生き返らせるために、その男の魂はとっくに支払われちゃってるもの」
 愕然として目を見張った少女に、悪魔は告げる。
「死んでいたのは、本当は君。似たもの同士だったんだね、君たち。その男、神様が役に立たなかったから、わたしたちに魂を差し出したんだ。完璧な仕事だよ、君が死んでたこと、君も覚えてなかったくらいだもの」
 少女を指差して悪魔は、当たり前のことだけど、と続けた。
「仕事は終ってるんだ、ただで返してもらうわけにはいかないだろう?」
 呆然と少女は声も無い。
「それに、君の魂と彼の魂を交換しても、そしたら彼を生き返らせるための魂が不足するよね? ただ働きはしない主義なんだ。交換する分、生き返らせる分、少なくとも魂二つ用意してもらわないと。まあ、もちろん…」
 ひどく魅力的に悪魔は微笑み、囁いた。
「絶対に君の魂じゃなければならないってわけではないけどね?」


(2003.4.10)






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