093 : Stand by me



 コン、コン、コン。
 窓硝子を三回。知らなければ聞き逃しそうなほどに軽く。
 気の逸るまま窓辺に寄り、鍵を開けた。
 ふうわりとゆれるカーテンの陰、ほんの少しだけ開けられた窓の隙間から差し入れられた今夜の花は、小ぶりな白い薔薇が一輪。小さなとげのひとつも残さず取り除かれた、そのやさしさに頬を緩める。
 毎晩の約束はもう三ヶ月を越えていて、届けられる花の種類はすべて違うからすごい。ちょっとした思いつき、ただのわがままだったのに嫌な顔ひとつせず笑って、その夜から欠かさず毎晩の贈り物。
 誰にも秘密、大事な大事な二人の約束だからね、と。

『百夜毎日通うことができたら、ご褒美をくれるのかな?』

 あの日、微笑んで口にした彼の言葉に頷いたのは、私もそれを望んでいたから。
 ずっと待たせていたけれど、ご褒美は、二人きりで始める新しい生活。
 約束の百夜目は明日。

(お願いだから現実を見て)

 いったいなんのこと?

(お通夜もお葬式も終わったでしょう? あなただって行ったじゃないの)

 ねえそれは誰のこと?
 どうしてそんなことを言うの? どうしてそんな目で見るの?
 どうして趣味の悪い冗談を、そんなに必死にくり返すのかしら。
 手の中には小さな薔薇、瑞々しい白い薔薇が芳しく咲いているのに。
 今夜届けられたばかりの、大切なあの人からの贈り物があるのに。

(彼があなたの不幸を望むはずないでしょ!)

 あたりまえ。だから彼は毎晩来てくれているわ、私との約束を果たすために。
 あたりまえ。明日からは二人で幸せに暮らすのよ、おとぎ話の主人公のように。

 あんまりうるさくて彼のノックが聞こえなくなりそうだったから、部屋の電話はコードから抜いた。携帯電話の電源も切った。
 どうしてみんなそんな冗談を言うために、くり返しくり返し電話を鳴らすのかしら?
 どうしてそんなばかげた質の悪い冗談。

 あの人が死んだなんて、そんなこと、あり得ないのに。

 窓辺の花瓶には、毎日欠かさず届けられた花が色とりどりに咲いている。
 今夜の薔薇を足して、これで九十九本目。

 約束の百夜目は明日。
 大きな大きな花束を持って、あの人が私を迎えに来る。
 扉を開けたら私から抱きしめてあげるの、ごくろうさまって。
 そしたらもう離れないわ。二人で生きるの。

 早く明日にならないかしら。
 明日からは、ねえどうか、傍にいてね、大好きなあなた。
 いつまでもずっと、私の傍に。


(2004.5.23)






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