問わず語り
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 それは、Kと連れ立って私の家に向かう途中でのことだ。

 私がその頃住んでいたのは、在籍していた大学からそれほど距離の無い、丘陵地に這うように造成されてある住宅街の真ん中で、少し夜が遅くなると車通りも激減して、街灯だけが黙然と並ぶ静かな場所だった。
 大学に通いやすい距離なので学生向けのアパートもたくさんあり、それ向けの居酒屋が存在しないわけではなかったが、実際には街まで足を伸ばす者が多く、うるさくて仕方がないと感じることは少なかったと思う。

 あれはKの気まぐれからだったのではなかっただろうか。飲み会の帰りにいつもとは違う道、有り体に言ってしまえばまったく遠回りの道を通っていた。
 そこに小さな公園があることも、すでに一年以上住んでいながらこの時、初めて知った。日曜日などに小さな子どもの声が聞こえていたのは、どうもここからだったらしい。
「あれれ…?」
 ふいにKが声をあげた。つられるように足を止めて、彼の視線を追った。
 奇妙なものが見えた。
 魚だ。
 児童公園などにあるコンクリート製の遊具ではなく。
 もちろん普通に池の中にいるのでもない。
 公園中央に、もとからあったのだろうか、太く大きな木が一本生えていた。その大樹を中心に周遊するかのように、魚の群が泳いでいた。
 半ば透けた青銀色の、あるいは赤金色の、一見あたりまえの魚と同じ姿をして、まるで水中を泳ぐように、いやそれよりも当然軽やかに、ついついと風の中を泳いでいた。
「ああ、これは」
 Kは小さく白い溜息をこぼした。
「何だよ?」
「この樹、切られるみたいだね」
「え? そうなのか?」
 うん、とKは頷き、そしてほら、と指さした。
 魚たちが綺麗な帯状に並んでぐるりぐるりと螺旋を描き、月に向かって泳ぎ昇ってゆく。
 月光にその姿がすっかり混じり消えてしまうまで、寒さも忘れて見上げていた。
「…巣、だったんだろうにね」
 ぽつんと、Kが呟いた。

 なにもこんな冬の差し迫った頃にと思わなくもなかったが、公共工事というのは往々にして年末年度末に集中するものだということも、よくある話だった。
 それから半月たたず木は伐られて根ごと掘り起された。遊具が撤去されて全体が平らに均され、公園であった痕跡はすっかり失われてしまった。


 隣町の自然公園で、一本の樹が見事な狂い咲きを見せていると噂になったのは、ちょうど同じ頃だった。







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