問わず語り
< 2 >



 ―― いいものを見にいかないか。


 Kの誘いにはあまり素直に乗りたくないのだが、何故だか知らぬ間に一緒に行くことが決まっているのは、どういうわけなのだろう。
 いつもどおり唐突にそんなことを言って早朝のアパートを訪れた彼に、半分寝ぼけたままの私は結局押し切られた。
 早朝と言うにも早すぎる、まだ太陽の気配さえ見えない時間だ。一日で一番冷え込みが厳しい時間でもある。余分なほどにしっかりと防寒具を着こみ、彼の先導にしたがった。
 Kの足どりは軽やかだ。はっきりと目的があるときのそれは常で、私はその後ろにただ着いてゆく。逆らったところで思うようになったことなど一度もないからだ。
 そうして連れてゆかれたのは、川原だった。


 街中を流れているにしては、両岸にふんだんに木立を繁らせている流れの、それこそ水際まで下りてゆく。
 こんなことならもっと歩きやすい靴にすべきだったとため息をついたところで、誰にも責められることはないだろう。人の手が入っていないということは手を入れ難い、つまり足場が悪いということでもあるわけだ。
 もっとも、どれほど不安定で歩き難い場所でも、普段履きの靴でまったく危なげなく歩いてゆくのがKというヤツではある。
 ようやくなんとか転ばずに一番下まで降りた私に、頓着せずに先に行っていたKが腕を上げて示した。
「間に合った。見てみろよ」
 指し示されてつられ上げた目が目にしたのは。
 純白の大きな鳥の姿だった。


 その鳥はやわらかそうな羽根をばさりとふるわせると、彼方を見詰める瞳でコウ…と鳴いた。
 いつの間に現われたのだろう、周囲を囲む何羽もの鳥たちもまた翼をいっぱいに広げるとコウ…と鳴き、ばさり、ばさりと打ち下ろし始めた。
 羽風は白い風になって水面をゆらす。
 水面は月光を砕き敷き詰めたように綺羅めいて輝く。
 たちまちに騒然となりつつ、音は無く。一羽ずつ順に花開くかのように、仄かな光となって空に舞い上がった。そしてまた羽が散るかのように、ひらり、ひらりと。
 水面に降って。
 そうしてただ一羽だけが数多の光の名残りをまとい、まだ明るい月の下に身を漂わせて、静かに静かに歌っている。
 やがて訪れた朝は冬の大気、冴えた風がしんと吹き。
 思わず瞬きした次の瞬間には、残されていたはずの鳥の姿も消え失せた。


「な。来てよかっただろ?」
 多少癪だったが、確かに見ごたえのある幻想的な光景であったから、しぶしぶと頷いた。
 Kはぐんと背伸びをし、帰ろうか、と笑った。
 あの坂を、今度は登るのかと思い至り、いささかの疲れを覚えた私の前で。
 ひどく満足げに。








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