書 庫
人のいない、書架が整然と林立する空間で、何かが動いた気配を感じて顔を上げた。 調べ物のために附属図書館の地下に潜っていた。 これまでは一、二階の開架に並んでいたもので用が足りていたために、配置など勝手がわからず手間取った。しかもようやく見つけた資料は十巻を越える全集で、今度は該当箇所を探すのに苦労する。 授業数の少ない時期的なものか、あるいは時間的なものか、利用者の姿は自分以外には無い。時折階段を上り下りする足音が通り過ぎるほかは、空調の音だけが単調に響いている。声を出すことも足音をたてることも憚られるほどに静かで、書架を移動させる音は心臓に悪いほど大きく聞こえた。 邪魔が入らない状態でかなりの時間、調べ物に没頭していたのだと思う。本の重みに痛みを覚えはじめた肩を軽く動かした、その時だった。 ぱさり。 紙でも床に落ちたような軽い、乾いた音が聞こえて、顔を上げた。 ぱさり。 また同じ音。音の出所を探ろうと頭を動かすとまた。 ぱさり。 手にしていた本を棚に戻し、広くはない書架の間の通路を足音をたてぬよう歩いた。意識を集中させた耳には一定の間をおいて、ぱさり、ぱさり、と何かが落ちるような音が届く。 それは、貴重書を集めた一角から聞こえていた。 特別に壁で区切られ、鍵が無ければその中に入ることはできない。だが内外を区切る壁そのものには、透明な建材が用いられており、誰にでも中の様子を窺うことはできた。明かりを灯す手間をかけなくても。 余裕をもった間隔で設置されている書架と書架の間で、次々に、数えきれぬほど沢山の紙葉が落下してゆく。 何故か背を内側に押し込まれた本の中から、ぱさり、ぱさり、と零れた一枚一枚が床に触れるやいなや。 ひらり、ふわりと浮き上がり。 音もなく舞い飛び始めるのだった。 温室に放たれた無数の蝶のように。 |