腐葉土






 八月の太陽は強烈だ。地面に焼きつけられる影は焦げて真っ黒。

(たくさん栄養をあげるのよ)

 母さんは朝から庭の手入れ。『行ってらっしゃい』はなし。
 山の森の中にある秘密の場所はちょっとした崖の下、日当たりのいい僕だけの秘密の花園。たくさんのほうせんか、鳳仙花、ホウセンカ、地面を埋めてる葉と 花の中に飛び降りる。
 授業で植えたのはひっくりかえされて育たなかったけどさ。
 残りの種をここにまいたら、今はもう僕と同じ背の高さ。茎なんて腕くらい太い。
 すごい。スゴイすごい。母さんの言った通り、肥料があると違うんだ。
 太陽が真上から地面を叩く。焼きつけられる影は焦げて真っ黒。
 緑色の葉っぱの影も、赤い赤い花の影も、全部黒いって不思議だ。
 屋根のように繁った手のひらみたいな葉っぱと葉っぱの下に寝転がる。たくさんの花は陽射しに透けてちゃんと赤い。かざした手も赤い。
 蝉の声がジィジィうるさい。茎や花を歩き回る蟻がうるさい。

(たくさん食べて大きくなるの)

 ああここには栄養がたくさんあるんだね。蝉も大きい。蟻も大きい。鳳仙花も大きく育って、空き地いっぱいジャングルみたいに。
 ずっとここにいたら、ボクも大きくなれるかな。


 立入禁止の黄色と黒の看板を背中に、飛ぶように駆け戻るがたがたの道。
 いつだって花だらけの庭だから、母さんは一日中庭の手入れ。『おかえり』もない。
 身体全部が赤く見えた。そういえば空全体が赤い。真夏の夕焼けは激しい。
 あれ、花びらつぶして遊んだっけ。ボクの手はいつからこんなにまっ赤なんだろう。
 まっ赤な花。まっ赤な手。
 いつから夏、いつまで夏。

(たくさん栄養をあげるのよ)

 ボクが育てたんだよね、うん、それは確か。
 でもあの花にあげた肥料って、そういえばなんだった?







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