問わず語り
< 4 >

―― 旅は道連れ ――



「……いったい、どうしておまえと此処にいるんだろうな……」
「何を今さら」
 肩を落としながらもらした私の言葉を、呆れたようにKがいなした。


 私とKとは京都にいた。
 何のきまぐれかKが申し込んだ懸賞で旅行券が当たり、交通費は自分が持つから遠出しないかと声をかけてきたのだ。
 交通費が要らないというのは、強烈な誘惑だった。長距離旅行は移動費用がバカにならない。最後の手段の青春18切符は安いが、その分体力的にハードだ。
 さらにちょうど休日が続くこと、レポートが提出直後で解放感にひたっていたことが、よりによってKの誘いに乗ってしまった理由だろう。
 正常な精神状態だったら、誘いを受けたりなどしなかっただろうに。

 ともかくも。
 私とKとは京都にいた。
 京都の外れを歩いていた。
「しかもよりによって、夜歩きかよ……」
 右足を引き摺りながら往生際悪くぼやけど当然のように、
「せっかくの夜間特別拝観だからね」
 くすくすくす……と囁くような笑い声がわく。
 紅葉が見ごろだった。
 京都市内はこの時期、紅葉の名所のいくつかでライトアップが行われ、合わせて拝観時間が変更されたりしている。当然人出も多いのだが、夜、というだけで 普段とは表情がいささか異なる名所旧跡を巡るのは、確かにおもしろいとは思う。
 だが。
「……おまえと来たのだけは間違いだな、やっぱ……」
「旅行券提供したのは僕だけど?」
「……」
 不本意なことに反論の余地がない。無意識に振ろうとした首がしかし重みに痛んだ。
 そういえば足も。
 下ろした目を即座に逸らす。見たくないものが見えた。……見なければよかった。
「じゃあ、なんでここまで遠まわりするんだよ?」
「ん? ここも有名なお寺だから、折角だし、外側だけでも見ていこうかとね」
 目的地までかなり遠まわりになる道順にも、先導のKがどうしてもこちらと言い張れば逆らえはせず。目的地に行く前に、別の寺院の山内を通り抜けている理 由をKはそう答えたものの、こちらに向けられた眼差しはやけに楽しそうだ。
 やはりそういうことか、と私は項垂れた。
「それにしても、君はいいなあ、好かれるタチで。僕は懐いてもらえないんだ、残念」
 畏れられてるからだろと、口にしそうになって一応噤む。まあKも言いたいことはわかってるのだろう、目の端に苦笑をひらめかせる程度だ。それこそ反論で きない立場なのだから。
 それにしても。
「ああまた増えたねえ」
 しみじみとした感嘆の声とともにずしりと重量感が増し、私はとうとう足を止めた。意を決して頭上を見上げる。
「……げ」
 私の左肩と頭を支えのように四肢を置いた、龍が、いた。機嫌良さげにあちらこちらと胴体をくねらせて、その動きのためにこちらの身体も不安定に傾いでい たらしい。
 見下ろせばやはり右足に蛇のようなものがまとわりつき、後ろからついて来ている小型の四足獣……狛犬に見えるのだが、それとじゃれてるのだか喧嘩してる のだか、ちょっかいをかけあっている。
 厭な感じがしないのは、他にも周りにいるこれらがおそらくここらの寺院の彫刻やら絵画やらの化身だからだろう。

 『器物百年を経て化して精霊を得てより人の心を誑かす。これを付喪神と号す』

 それなら人の信仰の対象となって百年をとうに越えたあれこれが、何らかの命を持たないとは言えないだろう、とはKとのつきあいが長くなってきた私の実感 だ。
 しかしどんなにありがたいモノであったにせよ、正直に言えば身動きしづらくて、邪魔だった。しかもどこまでついてくるつもりかもしれないのだ、これら は。
 先を歩いていたKがふり返って言う。
「帰りに、晴明神社にでも寄ろうか?」
「…………で、こいつら、置いていけるのか?」
「あー……、うん。たぶんね」
 いかにもうさんくさい満面の笑み。
 これは、ただやっかいな荷物が増えるのがオチかもしれない。
 私はただ深く深く息を吐いて、重い足をぐいと引き寄せた。


 次は絶対一人で来ることにしよう。








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