心霊写真






「例えばこんな風に」
 と、黒板にチョークで短い線を四本書き並べて、
「書くと、何に見える?」
「かおー」
「人の顔っぽい」
 教室のあちらこちらから答えが返る。確かにものすごく単純な人の顔の、目と鼻と口に見える。
「そうそう。人の脳には、こういう並びの線や点や形を顔として判断する部分があるんだ。赤ちゃんがお母さんの顔を見分けるのにも、その機能が関係してるん だって。前に人面犬とか人面魚とか火星の人面岩とか流行ったのも、理屈は一緒だな。天井や壁についた汚れが人の顔のように見えたりするだろ? あれも脳み そがそう判断してるだけってことだ」
「じゃあ、心霊写真もそう見えるだけなんですか?」
「ほとんどはね。人が自分の脳みそで勝手に人の顔を見つけてしまってるだけ。見ようと思えばそう見えるし、そうじゃなければ見えない。この写真みたいに ね」
「大体はってことは、やっぱり本物もあるの、先生?」
「まあねえ。でもボクも、本当に本物の心霊写真は一度しか見たことがないなあ」


 担任は少し変わったところのある人だった。
 その時は、私たちが休み時間に騒いでいた『心霊写真』を見て、至極大真面目な顔で、持ち主本人が気づかなかった『顔』を次々見つけてみせた。
 あまりにたくさんの水面に浮かぶ『顔』に、遊び半分だったのに十個以上も指摘されたものだから、本気で恐れをなして押しつけられた写真を、別に怖がるよ うなことじゃないんだけどねえと言って次の時間、黒板に写真を貼りつけたまま授業の開始早々にしたのが、この説明だった。


「本物って、すぐにわかるような写真だったんですか?」
 当然の疑問が口にされ、教室中の視線が担任の顔に集中した。先生はその勢いにちょっと目を瞠り、いやいやすぐにじゃなかったと首を横にふった。
「先生が大学生の時、友達と出かけた先で撮った写真でね。集合写真だったから全員の分を焼き増しして、確か全部で八枚。みんなでお互いの撮った 写真を分けあってたら、その八枚の同じはずの写真の中の一枚にだけ変な影が写っていたんだ。すごくぼんやりした靄みたいな影でねえ。無理にそう見ようと思 えば人の顔に見える、現像の失敗じゃないかって程度だったけど、やっぱり気味悪いからと言われて撮ったボクが引き取ったんだけど」
 皆がごくりと喉を鳴らす音が聞こえたような気がした。
「二、三日経って気づいたら、どうしてか写真からその影が消えてて。ちょっと気になって写真を配った七人に聞いてみたら、そのうちの一人から持ってる写真 に無かったはずの影が浮かんでるって返事があった。見せてもらうと靄みたいだった影が最初の写真より少し濃くなっててね。いらないって言われてそれも引き 取ったけど、二、三日したらまた影は消えて、別の友達から写真が変だって連絡が来た。その頃には影の目鼻がはっきりしてきてたんだ」
 こんな感じで、といきなり黒板に描き出したのには女子の半分が悲鳴をあげた。
 何しろ、この担任の専門は美術だ。いつも黒板に手早く描かれるチョークの絵でさえ無駄に上手いのに、心霊写真を図示されてはたまらない。
 甲高い悲鳴にさすがに手を止められて、担任は向き直ると話を続けた。
「他の連中も事情を聞いて気味悪がったから、ネガと一緒に八枚全部神社で焚き上げしてもらって、一応それでかたがついたことにはなったんだけど……、元々 その写真がさ、課題の風景画を描く参考の為に撮った物だったんで、同じ構図の絵はボクの手元に残っててねえ」
 先生は苦笑い。嫌な予感に恐々身を乗り出す者半分、逃げ腰なの半分。
「完成させた絵に、写真と同じように影が浮かんできてさ。写真よりくっきりはっきり人の顔になっちゃったんだよねえ」
 笑顔で言い切ることだろうか。
「当然、それも神社に持って行ったよね、先生っ?」
「それがねえ、結局そのまま」
「なんでぇっ!?」
「出てきた影がけっこう美人だったから、もったいなくなっちゃって」
 そんな理由か!
 声に出さずにつっこみつつも、さっき悲鳴で中断されたために黒板に半端に描かれた構図に見覚えがありすぎることが気になって、教室中がざわついている 中、私はおそるおそる手を上げた。
「センセー……」
「ん、なに?」
「もしかしてその絵って、今、美術室に飾ってあったり、とか、します……?」
「よく気づいたねえ、えらいえらい!」
 一瞬、教室中がありえないくらい静まり返った。
 直後に響き渡った悲鳴には、クラス全員の声が満遍なく入り混じっていた。


 担任は少し変わったところのある人だった。
 たまに勘弁してほしいようなことをしてくれる人だったけれど、中でも正直あの心霊画の件は迷惑極まりなかった。
 美術室での私の席は、件の絵の正に隣だったのだ。




【了】



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