春


 誰かの為に笑おうと思うほどに満開の花の散るごとくあふるる
 あたたかい
 あたたかい風の吹く日


  夜の


列車は窓を全開にする
風景はただ暗く覆われてしまう

人のいない車内に放送が入る
何も言わずにぶつんときれる

スピードにマヒして眠り込む
一秒も一日も同じ夢を見る

どうしていいのかわからなくなる

手を伸べて囁く
与えられる答えにいつも不安になる
私だけが何も知らない

どうしていいのかわからなくなる





  不在


 たえまない人波に息がつまる
 あらゆる騒めきに人の声がかぶさっている
 (沈黙も
  静寂も
  風吹くまでは穏やかで
  空気は
  騒がしさをも忘れていた)
 この動かせぬ足の上に
 居所なく
 しびれるような騒めきが落下してくる
 この動かせぬ足の上に
 居所なく
 私自身の苛立ちが落下してくる


  水


 夢の中の水では、濡れてゆくという感覚は存在せず、ただただ暗い青の中で息苦しく、溺れてゆく。
 何気なくもがけば、もがくほどに水底へと押しつけられ広がりのない空と、へだてられてゆく。
 ひたすらに青く、寒さは全身を圧迫しているのに少しも冷たくはなく、冷たくはないまま青に、溺れてゆく。
 雨音は、聴覚を深く支配して感度の悪いラジオのようにしたたっている。
 水底では何もかもが青く雨音さえも、同じ色に響きながら、落ちてくる。
 魚のように青ざめてゆく息苦しさにうっとりと、溺れてゆく薄くゆれる水面で、雨音は不規則に、響いている。


  全てのものは変形してゆく


奥歯の間ですりつぶされている悲しさのように
平坦にのびてゆく一本道を
片目をつむりながら歩いてゆく
カラカラの小石は蹴りとばされ
すりつぶされて
ならだかな曲線を描こうと思い始める
(よりそいあって平坦になる)

最後にはどんなものも
なだらかな曲線を描くようになる
カラカラの小石は先ぶれのように砕かれ
よりそいあって平坦になる
奥歯の間ですりつぶされている悲しさのように





  潜水中


 真下から見上げるように

 なめらかな水面の裏側に

 触れてみる

 (波紋)  (波紋)

    (波紋)

 (波紋)  (波紋)

 散らばった陽光は

 水の色を帯びて

 切りとられた宝石のようなのだ


  断片


碧緑に山を映す水
日射しが水面を灼く水無月の昼

 さざめきあう声
 虫があえぐ

碧緑に影をのむ水
日射しが水面を灼く水無月の昼

 さざめきあう声
 草があえぐ

風がやんで何処へも行かぬ
熱は凝り
日射しが水面を灼く水無月の昼

水があえぐ