月の行方を問う鳥は


 月の行方を問う鳥は
 青ざめて溶けた夜明けの現象

 始めの陽光が冷たい飴色ににじむ
 樹の上で
 鳥はきあきあと鳴いた

 街は彼方で深呼吸する
 したり顔で
 良い朝だね、と

 鳴いたことは確かでも

 月の行方を問う鳥は
 青ざめて溶けた私の幻象


  リズム


こんな星空に
踊るように
サックスの音

窓を開けても
届く曲にはやっと
リズムだけ

歌い方は
いつもふくみ笑いに似てしまう
至極でたらめな
真夜中のセッション

君は
正体知れずのまま
同じリズムで





  二月の魚


 セッ氏四度の水底で
 ぷくらんぷくらんと眠っているんだろうか

 それとも

 ふくらんふくらんと笑っているんだろうか
 セッ氏四度の水底で


  湾曲


ひきおろされてゆく弓のきしり
激しい沈黙

飛翔の完成

あなたの伸ばされたままの視線は
なめらかに軌跡をなぞっていた





  かくれおに


 時に私の目覚める夜は
 室内よりも皓々としたカーテンごしに
 花を散らす

 わたしたちは
 同じ生き物のように
 息をころし

 カーテンの向こう側
 ゆるゆると窓がとろけ落ちたように
 ふるえだす

 そう同じ生き物のように
 息をころして
 いる


  蓮華


 長い間、水を吐いたことのない噴水池は、中庭の中央で暗く濁り、生き物が棲むことだけが確かだった。
 誰が初めに持ちこんだものなのか。あたたかくなるにつれて、つやつやとした円形の葉が水面を覆い、やがて、いくつもの蓮花を開いた。
 白は清烈。
 黄は柔和。
 紅は妖艶。
 身をのり出してのぞきこむ。
 不安定な姿勢のまま、水面に至ることなく朽ちてゆく花もあるのだと初めて知った。
 半開きの花弁の先は水と同じ色をしていた。


  ノスタルジア


 時折、荒野の渇ききった風景がおびえるように広がる瞬間がある。そこには、見たはずのない地平線と、草まで枯れた大気が、ある。
 触れた途端、粉々に砕け散るかにみえるその光景は、しかし、カラカラと枯れはてた幻想であるにもかかわらず、じっとりと湿っているのかもしれない。
 ただ、そこには常に胸をしめつける、混じり気のないノスタルジアが満ちているのだ。