異変が日常になった世界で。
People in the Marvelous Wind
Presented by HUNTERS
(水葵常夏&月斗桂)
》 hunt 1: 「おいおいおい、いったい誰だ、ここのランク付けした奴は」 ふう、と不安定な足場をものともせず、慣れた足取りで崩れかけた瓦礫の坂を登りながら、彼は呆れたふうにぼやいた。 「さっさと来て正解だったな。こりゃ、どう見たって短期型じゃないかよ。長期型のつもりでゆっくり準備してる連中に抗議されるんじゃねえのかね」 よいせっと、と腕の力だけで目前をふさぐ石積みの壁の上に身体を引き上げ、一段高いそこから改めて周囲を見渡す。ほつれた黒髪が風に吹きあげられた。 人っ子一人いないそこは、ほんの2日前までは一面の水田だった場所。 今は、あちらこちら崩れた石積みの壁が延々と連なる、赤茶色の世界。緑の影ひとつ見当たらない荒涼とした印象を与えてくる迷路だ。 男はまず太陽を見上げ、方位磁石で更に確認すると周囲の光景をじっくりと観察し、目的点を定めて身軽に壁の上を歩き始めた。 それらは一見したその形状から『遺跡』と総称される。 多くがいかにも年代を経た迷宮や塔城、地下迷路などで構成されているからである。 だが、それらの一番の特徴は、何処からともなく生じることであった。 まさしく生じるのだ。昨日まで、いやほんの数分前まで市街地であったところに、美しい田園地帯であった場所に、海上山頂、ビルの上下と問わずそれらは現れ、そしてまた忽然と消え失せる。一瞬なりとそこにあった痕跡さえ残さずに。 それらは『遺跡』と呼ばれる。『遺跡』からは奇妙な『遺物』が発見され、…それゆえに、ある職業が現実的な生業、夢物語ではなくありふれた職種として巷間に認識されるようになった。 トレジャーハンター、である。 「…ふん。あの辺りかな」 男はうっすらと額を湿らせた汗を袖口でぬぐいつつ、唇の端に笑みをのせた。まだ誰の手も至っていない未知の場所は、いつでも彼をわくわくさせる。また彼の勘は常に高揚する胸を裏切らない。 素人目には無造作に積み上げられたとしか見えぬに違いない、迷路を構成しているこの石組みは、決して切り出すのにたやすい種類ではない。だがそこには時にひどく込み入った文様がさりげなく刻まれ、年月の経過のためばかりでなく、あちらこちらがあえて崩されていた。十分に歩きまわった果てにこうして壁の上から観ると、パターンがいくらかわかりやすくなった。ある点への道を避けるようにそれらは配置されているのだ。 ここはきっと『当り』だ。 生まれ着いてのトレジャーハンターと呼ばれるのは伊達ではない。男はほんのガキのころから、やはりトレジャーハンターであった父親の後を追いかけて日本中、いや世界中を所狭しと駆け回り、様々な『遺跡』を文字通り遊び場にして育った。 普通人が危険として入ることを許されない――それ以前に、おそらく足を踏み入れることを決して望まない――そんな場所が、彼にとってどこよりも一番に慣れ親しんだ場所なのである。そのためだろうか、彼には同業者たちにも羨まれるほどの独特の勘があった。 その勘が告げていた。ここには絶対に何かがある。 とびっきりの『遺物』が。 「わくわくするねぇ」 黒眼をきらきらさせて彼は笑う。子どもの表情そのままに。 物慣れた動作で彼が足を向けたのは迷路の中央、三段ほどの位置から無残にも倒れ崩れている細く小さな塔の残骸だった。小塔は全体が迷路の壁とは違う、いささか白味を帯びた石で造られており、周囲からはぼんやり浮きあがって見える。近づくほどに、壁面を飾っていたらしい紋様の繊細さが知れて、美的感覚の鋭さというか素晴らしさに感嘆の念を覚えた。今日のような快晴の真っ青な空を背景に、完全な形で建っていたとしたら、いったいどれほど美しかったことか。 「ここなら宝飾品類のいいのがありそう…」 ついつい口元が綻ぶのも無理はないだろう。 だが、彼が向かったのは塔の基部ではなかった。目的地は倒れた塔上部の残骸。派手に砕けた瓦礫の芯。音もたてず猫のように壁から降り立ち、ぐるり周囲の壁をじっくり見遣ると、にっと、満足げな顔になる。 そのまま瓦礫の芯の位置を足で無造作にかき分ける。とそこには。 「…当たり」 はっきりと真っ白な正方形の石畳。軽く蹴飛ばすと、ごとりと地下への道を開いた。 ひやりとした風が吹き上げる闇色の穴。人一人がようやく入り込める程度の狭い階段の先は地上からでは伺えない。 「そうこなくちゃね」 たくさんあるポケットのひとつから取り出した小型ライトを点灯させ、男は何のためらいも無く奈落に身を投じた。 |
《 hunt 2》 → |