People in the Marvelous Wind






 》 hunt 2:

 何気ない日常の一コマといえばやはり井戸端会議だろう。数人の主婦たちが円陣を組んで噂話に興じている。
「そういえばまた林さんのとこ、遺跡出たんですって。」
「あそこの場所も凄いわね〜。6回目だったかしら?」
「私も聞きましたわ。しかも今度は長期だそうよ。」
「あっらー!そういう鈴木さんだってこの間長期だったじゃないですか。」
『ほんと大変ね〜』
 そんな会話をしていると、その後ろを少年がぽてぽてと通り過ぎていった。荷物を担ぎ、動きやすそうな服装の少年だ。
「林さんも大変だな〜。まあでもそっちは別の人に任せて、っと。」
 おばさんたちの噂話にはそれなりに後ろ髪を引かれるのだが、今は目の前のことに集中しなければ。
「先越されたらつまんないし。取り分がしょぼくなるし。」
 そういっている割に口元は緩んでいる。
 立ち止まり、見上げたそこはもともと飛行場だったところだ。今はくすんだ緑色の塔が立っている。微妙に反り返ったその姿は不安定で、いつ崩れるか分からないという代物だが、少年には何の恐れも見えない。それもそうだろう。彼が今まで探索してきた遺跡にはこれよりもっと酷い状態の遺跡もあったし、最悪だと思うような罠も幾つもあったのだから。
「これは……短期だなぁ……。まだ出たばっかしだからおれが一番乗りだ。」
 嬉しそうに笑うと、少し長い茶色の髪を揺らしながら無造作に塔の中へ入っていく。
 遺跡の中は外のじっとりした暑さを感じさせない、じっとりとした寒さが支配していた。
 外壁と同じ色の壁には複雑で壮麗な模様が彫りこまれている。こちら側の世界には存在しない高い技術が惜しげもなく使われていることに、少年はいつも圧倒される。
 注意深く辺りを照らしながら歩いていくと、しばらくしてところどころに丸い敷石が埋め込まれていることに気づく。壁や他の床とは違う、薄い緑色のようだ。
「……なるほどねえ……。」
 ライターをその場所に向けるとわずかに揺らめき、風の流れを感じる。その様子に、少し大きめな目が細められた。再び歩き始める。その先にも同じような敷石が幾つもあった。
 もしかしたらここはそれなりに楽しめるかもしれない。そんな期待を持って彼は探索を続けてあらかた回ったが、めぼしい物は何もない。だが、不思議とハズレだとは思わなかった。
「やっぱあれかぁ。確かこっちだったなー。」
 勘の赴くまま彼は歩き始め、目的の場所につく。そこは、塔のかなり上方に位置する場所だった。怪しい場所はここしかない。
「あったあった。」
 何回もやってきたように、ライターの火をかざすと、丸い敷石に向かって吸い込まれるように炎が揺れた。ぱちんとフタを閉めて呟く。
 そこだけ、何かが違う。上手くいえないが、勘とかそういったものがそう教えている。
 じっと石を見つめて一つ頷くと、無造作に足を踏み出す。何が起こるかわからない遺跡だというのにそんな緊張感は皆無だ。
 両足が石の上にのった瞬間、ふっと目の前が暗くなり体が傾く。
「これ……転送装置ってやつだ……。」
 なぜか瞬間的にそう思う。話に聞いたことはあったが、実際に体験するのは初めての代物……何しろこの装置がある遺跡自体数が少なく、それもかなり難しいものばかりなのだ。
 高速のエレベーターに乗っているような、軽い重力を感じて次には……。
「ってだめじゃん! コレ洒落になんないよっ!」
 落下していた。
 難しい遺跡にあるのだから、罠でもある場合だってあるはずだ。そのことをすっかり忘れていたことに歯噛みする。
 しかし無重力になったのは一瞬。勢いよく床に叩きつけられて、砂埃が辺りに立ち込め視界が奪われた。なんとなく上を見ると、前の遺跡にあった敷石と同じものが浮いていた。その高さは3,4メートルといったところだろう。幸いたいしたけがはない。我ながら運が良いなと思いながら彼は呟いた。
「あんまり古いから狂っちゃったのかな? もしかしたら床が沈んだのかも。」
本来それがあるべき場所には砂が詰まってしまっている。そのおかげで骨折は免れたが、そこにあれば痛い思いをしなかったと思うと、少し恨めしい。
「ほんとは運が悪いのかな……。……?」
 空気が動いた気がする。自然と息を潜め、目を凝らし、耳を済ませていた。じっと動かずに。漆黒の世界でそれが何か、確かめるために。






《 hunt 1 》   《 hunt 3 》




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