People in the Marvelous Wind






 》 hunt 8:

 背中はしっかり壁に付いてしまっているようで、おまけに力も抜けていくような気がした。もしかしたら生気だかなんだかを吸われているのかもしれないと思う。早くしなければまずいということははっきりと分かった。
 どうしようかとあまり緊張感なく考えていると、辺りを調べていたロウの呟きが耳に入った。
「まさかこれ……。元は人間……なのか?」
「……そうかも。ていうか絶対そうだね。」
 そう答えると彼は訝しげな表情をシルヴに向ける。
「怖くないのか?」
 普通はもっと取り乱すだろうと思ったらしいロウの言葉に視線を落として考える。
「なんかあんまり。何とかなるかな〜って。」
 ロウの顔が思いっきりしかめられた。呆れられたことがはっきりわかってちょっとだけがっくりくる。
「じゃあちょっと壊してみる?」
 ごそごそと何とか動く手を動かして、残った荷物をあさる。目当てのものはなかなか見つからない。
 と、その様子を見ていたロウが何かを思いついたらしく、シルヴの様子をじっと観察する。なんだろう? と思いながらも探し物を続けていると不意にシルヴに向かってロウは手を伸ばしてきた。
「え?」
 疑問に思う間もなくロウの手が一気に上着のファスナーを引き下すと、勢いよく体を引き寄せた。もともと少し大きかった上着はすっぽりと脱げ、彼の体は壁から離れる。それから二瞬ほどおいてジャケットが壁から吹き出した触手に飲み込まれた。
 あと少し遅かったらシルヴもレリーフになるところだった。
「とりあえず助かったな。」
 ロウがぽんと頭にのせたがシルヴはああ〜と名残惜しげな声を上げた。
「おれのアディドスが〜。」
「……助かったんだからいいだろ。」
 呆れた声でロウに言われた。シルヴはそうだねと返して、すでに歩き出したロウを慌てて追いかけた。


 ロウに案内されて行った先は、本当に見事としかいえない部屋だった。信じられないぐらい純度の高いオリハルコンで作られた今はもう無いであろう都市の模型だった。
 それは中央に精密かつ繊細な彫刻の噴水を据え、その周囲を九重のほんのわずかな揺らぎも無い同心円で囲まれている。さらに部屋の中には無造作にオリハルコンがいくつも転がっていた。
 この遺跡を作り上げた者たちには、この貴重な鉱物でさえそこらの石と同じだったのかもしれないと思う。
 いやそんなことよりも……。
「……やっぱり……。」
 そう呟いたシルヴの頬を汗がひとすじ、流れていく。 本当にここは当たりだった。それもとんでもないほどの。
 シルヴは別に持っていた鞄から彼自身が飲み込まれそうなロングコートを取り出して着込む。興味を持ったらしいロウが覗き込んできた。トレジャーハンターそれぞれに違う装備は、それ自体が参考になる。
「それは? 見たこと無い装備だな……自前か。」
「これ? ウェアラブルPCって聞いたこと無い? 服の形したパソコンだよ。」
 答えながら準備を進めていくシルヴはちょっとした言葉の区切りの後、続けた。
「いちおー形見ってヤツなんだ。そんなことよりこれを何とかしなきゃ。」
 シルヴはすっと立ち上がると、目の前の都市と噴水の模型を見つめた。
 こんなものがあるから、あんなことが起きる。
 こんなのがあるから、終わることが無い。
 こんなものがあるから、狂ってしまう。
 こういうのが……
「おい。」
 不意に肩を掴まれ、はっと意識が戻る。目の前にロウの輝きを宿した眼があった。
「……大丈夫か?」
「え? ああ、うん。あのさ、これ壊すのを手伝ってくれないかなぁ?」
 慌てて誤魔化す意味も含めていった言葉に、ロウは思いっきり眉をしかめていた。






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