People in the Marvelous Wind






 》 hunt 10:

 自分を見下ろすその瞳の、力強くきれいに澄み切った輝きに嘘は無いと感じた。とても、安心できる笑顔……。ぎゅっと彼の服を掴む手に力を込める。何でもできるような気持ちにしてくれる、そんな笑顔……。しっかりと頷き返して手を離すとシルヴは都市の模型の中をずかずかと歩いて行く。このPCで解析するにはできるだけ中枢に近いところへ行ったほうが、確実性も早さも増す。
 全てを壊す必要は無い。重要な役割を果たすものを壊せば他のものも自然と壊れていくはずだ。そう、どんなものでも心臓をやられれば……死ぬ……。
(絶対に……破壊して見せる。そう、しなくちゃいけないから。それが……)
「オレの手の届く位置にいろって言ったばかりだろう。」
 そう言いながらついてきたロウに、シルヴはとっさの笑顔を向けた。彼にはどんな風に見えるのだろうと思いながら。
「こうしてついてきてくれてるじゃん。でしょ?」
 何回も見るが見飽きない、呆れたような顔。けど、それで心が軽くなる。そして彼なら大丈夫だと思う。
 シルヴは気を引き締めると中央部の噴水の前に立った。
 トレジャーハンターとしての好奇心が強いのだろう、ロウは近くで様子を見ることにして疑問をシルヴに向けた。それでも神経をこれから起こる全てに向けているのは場数の多さを感じさせる。
「ところで……これはなんなんだ? 嫌な予感ばかりなんだが……。」
 その質問に心臓が軋んだ。答える必要は無い。軽く流せば良いだけだ……。けれどシルヴは答えていた。
「……大当たりだよ。これはねコレと同じ……自想式で……しかも兵器。そしてオリハルコンとの仲立ちをしているのが生命の、水。」
 あの、少し粘ついた本当に切れそうなほど冷たい水。それは……。
「文字通り、人の生命の水。……多分壁の人たちの命だと思う。」
 ロウの絶句している様子が、見てもいないのに伝わる。それはそうだろう。兵器一つ作るのに沢山の人間が使われるなど割に合わない。それなのに……魅せられる者たちが後を絶たない。
「詳しいことは後でまとめて説明するから。あ、でも安心して? これは生命の水じゃ無いから。大体今の技術じゃ絶対無理だし。」
 もし使っていたら暴走など起こらなかった。……死ぬことも無かった。けれど、それはハズレだと思うから。
「当たり前だ。」
 何か言ってくるかと思ったが、ロウはそれだけを言っただけだった。でもそれが、何故か嬉しい。
 気を取り直して噴水に意識を戻す。これからやることは彼の言ったとおり危険なことだ。しかし彼の認識が全てというわけではない。シルヴは左袖にカムフラージュしてあるボタンに触れた。起動音がわずかに大きくなり、目の前に半透明な立体映像が浮かび上がる。
「魅せてあげる。おれとこいつの力。」
 シルヴが画面に触れると映像は砕けるように分裂し、画面が五つに増えた。そのどれもがただの黒い画面。
「音声認識……完了。接続開始。周波数……自動設定。」
 シルヴの指が動き出す。それと同時に黒かった画面に英数字や漢字、神聖文字……様々な字が高速で流れていく。目の端に映るそれらを必要なもののみ選び出していくのは、自想式PCのありがたいところだ。しかしこれでも遅い。
 ロウは気がついただろうか? この部屋の空気がわずかに振動していることに。そしてそれは接続が完了した証だ。
 できるだけ暴走させないように、そして性能を上げるためにここにある予備のオリハルコンとウェアラブルPCとをつなげたのだ。オリハルコン同士は干渉しあう……それを逆手に取り特定の周波数により共鳴させているため、もちろん目に見えるわけではないが。ここに転がっているオリハルコンがて自想式の為に作られたものだからできる芸当だ。それにより、一気に動きが良くなった。
 しかし使用者に対する負荷は一気に増加する。耐えられるのは僅かな時間……数分間。急がなければならない。
「解析および侵入開始。」
 先ほどとは比べ物にならない速さで流れ、切り替わり……。必要が無いものには目もくれず、確実に遺跡の鎧を剥ぎ取っていく。遺跡を守るプログラムに引っかかれば一発で終わってしまう、そんなギリギリの状況だというのに緊張は無かった。
(あと……少し。もってよ……。)
「捕まえたっ!」
 シルヴの声が漏れたのと同時にアラームが鳴り出した。彼の行動が危険だと判断した自想式PCが警告を出し、行動を止める。
「邪魔するな。」
 それを許さない、低く、怒りのこもった声に、すぐさま画面を滑る指先。見守っていたロウは気おされる。
「ウィルスプログラム解放。」
 囮だが本気のプログラムが兵器の中に侵入する。中枢の意識がそちらに向いたのを確認し、新たなプログラムを送り込んだ。
 噴水の水が止った。都市の模型が本の僅かに歪む。だが、それは決定的だった。内側からの破壊がゆっくりと進行していく。
「……解析および侵入終了。外部通信接続。……とどめだよ。オーディーン、おれが今いる位置に向かってガイドレーザー照射。」
 当然とばかりにシルヴの口から出た命令に、さすがに見ているだけではすまないと感じたロウが声を上げた。
「ちょっと待て! レーザーってここまで届くわけ無いだろ! だいたい遺跡には防御のための装備があるんだぞ?!」
 どの遺跡にも防御のためのフィールド……バリア……そういったものが張られている。特に、外部からは鉄壁といっても良い。
「だからそれを今これで何とかしたんじゃないか。まあほっといてもこの兵器壊れるけどさ。……形があると直されちゃうかもだし。」
 にっこりとあの笑顔で、シルヴは絶句するロウを見上げた。
「跡形も無くした方が、安全でしょ?」
「……レーザーでどうにかなるようなものじゃないだろ。」
「なるんだよ。『遺物』ってすごいよね〜。……ガイドレーザー確認。位置修正1、345、……固定。」
 白い光が噴水の真上に降り注ぐ。それを確認するとすぐさまロウを引っ張り都市の模型から離れた。
「領域指定……1。グングニール発射!」
 それは静かに何の音も、光も、揺らぎも無く、確実に目標に突き刺さった。
「あ……。」
 シルヴのその呟きにロウが今度は何だと視線を返す。シルヴはそれはもう愛らしい笑顔を浮かべ、愛嬌たっぷりに言い放つ。
「範囲の設定、間違えちゃったっ。」
 沈黙

 妙にロウの視線が痛かった。






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