People in the Marvelous Wind






 》 hunt 12:

 ロウが笑いながらバイクで走り去っていた道をシルヴは精一杯睨みつける。命を助けてくれたのは感謝するが、せめて近くの町か、駅までは乗せて行ってくれてもいいと思う。確かに一緒に仕事をしているわけではない以上、ライバル同士かもしれないが遺跡を出てしまえば争う必要は無いはずだ。競争は、見つけてからクリアするまで。それがシルヴの自論だが……。
「……上手くいかないなぁ……。」
 いつまでもここにいるわけには行かないので、ロウに教えてもらった町まで歩くことにする。幸いなことに距離は数キロといったところで、苦にならない距離だ。
 歩きながらウェアラブルPCを脱いで鞄に入れる。今回は酷使してしまったので、しばらくはコレのメンテで時間はつぶれるだろうなと考えながら、代わりに手の平サイズのモバイルを取り出す。
 安定性や使いやすさはウェアラブルPCと比べ物にならないぐらい良い。もっとも使っているオリハルコンもほんの僅か、わかるかどうかといったところなのであのメチャクチャな性能は出ない。まあ回線は同じものなのでかなりいいものだが。
(あ……そうだ……。)
 モバイルを使って今の位置と町までの地図を確認していたシルヴは、にやっと笑った。
「ふふふふふ〜……。オーディーン、トレジャーハンターの登録データを検索。名前はロウ、性別男で年齢は20代前半、黒、もしくはこげ茶色の髪に目の色は黒。身長は……170〜180ぐらい。」
 モバイルを中継してシルヴの命令は衛星に届く。ロウはどう思ったかは知らないけれど、オーディーンは攻撃するだけではなくこういったことも出来るのだ。数十秒で返事が返ってきた。
「へ〜。かなり場数踏んでるんだ。ええっと……携帯に接続っと。」
 シルヴが操作をすると、画面に“Call”の文字が表示される。数回のコール音の後、声が聞こえた。
「やっほ〜。こんにちは〜♪シルヴだけど。あのさ、後でまとめて説明するって言ったのを思い出したんだよね。」
 トレジャーハンターは好奇心が強い。自分もそうだからわかる。
「電話だとあれだから……慶林館って旅館まで来て欲しいな〜って。……違うよ。でも、言っちゃったし知ってたほうが良いだろうし。と思ったから。……来なくても良いけどさ。それじゃあ。」
 言いたいことを言って切る。来るかどうかはわからないが、温泉でのんびりするのも悪くは無い。


「要するにアレは殲滅兵器なんだよ。それも、範囲を自分で決める……だから自想式のプログラムなんてものが必要でさ。」
「で?」
「で……なんていうかな……。上手くいえないけど……脳だけじゃ命令ってのは出来ないでしょ? 神経を通って、手や足に伝わって実行される。その神経があの特殊なオリハルコンってわけなんだよね。使えば使うほど伝達速度は速くなるし、使わなければ遅くなる。」
「あんまり上手くないな。じゃあ『生命の水』ってのは? 壁のレリーフになったやつらの命とか言ってたな。」
「うん。脳が動くには栄養が必要だからね。人の生命力を吸い取って、アレの維持をしてたんじゃないかな。壁にくっついちゃった時に力を吸われたみたいだったし。もとは奴隷とか捕虜とかだと思うけどね。」
「……あれだけいたならかなりの力だっただろうな。もっとも、殆ど無かったみたいだが。」
「当たり前だって。じゃ無きゃ勝てなかった。見たとこ一万年以上は立ってるみたいだった。迷い込んできた程度の人じゃ割に合わなくて消費するばっかりだったと思うよ。」
「もう一つ……。」
「何?」
「なんでこんなところでこんな話してるんだ?」
 二人がいるのは落ち合い場所に決めた温泉旅館の露天風呂だった。食事も終わり、ゆったりとすごすこの時間帯には他にも数人の客が入浴している。
「え〜。だって男同士のお付き合……いっ!? ウワッ鼻に入った!!」
 言葉の途中でロウに40度超の湯を思いっきりかけられ、シルヴはガハガハと咳き込む。
「うう〜。こういうとこの方が逆にいいと思っただけなのに……。ひどいよっ!」
 お返しとばかりにシルヴも湯を飛ばすが、あっさりと避けられてしまった。悔しさに湯の表面をパシャパシャ叩くが、それはロウの笑を誘うだけだった。それがまた面白くない。


 あの後、割合早く旅館にたどり着いたシルヴが、部屋でお茶うけを食べて散歩でもと旅館を出たところにロウが現れたのだ。
 トレジャーハンターたるもの好奇心には勝てないらしい。それともただ単に疑問を残しておきたくなかったのか、誰かに言われたのか……もっとも来てくれたのなら何でもいいが。


 なんだかんだでもうすっかり夜になり二回目の別れの時、シルヴはヘルメットをかぶっているロウをじっと見つめていた。
 言おうと思っていることがあるのに切り出せない。今までこんなことは無かったのに……今まで遺跡で出会った同業者の、誰にも言ったことが無い言葉……それを言おうと思うのに、でない。
 後悔するということがはっきりとわかっているというのに。
 ロウがすっかりと支度を終えて、バイクのエンジンをかけたところで、やっと言葉が出る。
「あのさ、今日はありがとう。……助けてくれて。」
 少しうつむき加減でシルヴはぽつんと言った。けれど本当に言いたいのはそのことじゃない。ロウは顔をシルヴに向けるとああと言って頷く。
「目の前で死なれたら目覚めが悪いしな。」
 そう言うと何か考えているような顔に一瞬だけなったが、すぐにシルヴの頭にぽんと手のひらを乗せた。大きくて暖かい手のひら。
 ゆっくりと動き出したバイクを歩いて追いかける。やっぱり、言わなければ駄目だ。そう思ったら自然と手がロウの上着を掴んだ。
「おい! 危ないぞっ」
 ロウの声は危険を告げるが、シルヴには関係が無かった。
「あのさっ! 何かね、なんていうのかな? 会ったときにピーンってきてさッ!! だから……いっしょにっ!」
 しかし、全部を言い切る前に、バイクのスピードが上がり手が離れる。
 一瞬ロウは止まるかどうか悩んだみたいだった。が、僅かにスピードを落としただけだった。その背に向かって聞こえるようにシルヴは声を張り上げる。彼が聞き逃したりしないように。
「ねぇっ! おれ、きみにヒトメボレしたみたい!! こういうの、ヒトメボレだよねぇッ!」
 返事は、ない。けれど一瞬振り向いた……気がした。
 言ってしまうとなんだか全てが軽くなったみたいだ。やっぱり溜め込むのは性に会わない。
 答えが無いのは少し痛いが、どうでもいい。
 ……もしかしたらまた、会う……いや、絶対に会う気がするから。






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