People in the Marvelous Wind






 》 last hunt 1

「シルヴ? 最近よく耳にするようになった名前だな。若いけど、腕は立つって」
 『遺跡』の出現予測のあまりの正確さからウィザードの呼び名を持つ友人は、その名を聞くなり長い指で滑らかに手元の小型PCを操作し、瞬時に大量のデータを呼び出した。ちなみに、詳細すぎる情報の出所は問わないのが二人の間で暗黙の了解になっている。
「申告されてるのから推察するに、見る目もあるようだな。…はは、こりゃ、おまえと同じだ、一人歩きばっかりしてやがる。バックアップしてる人間はいるだろうがね。おまえの言ってた装備の情報なんかがどれも本当なら、一人で全部ってことはありえない」
 おまえだってオレの情報を利用してるしな、と笑う。
 確かに画面にずらりと示された履歴はそこら凡百のトレジャーハンターには叶わぬ量と成果で、他の連中と同様に一番いい獲物は秘匿してるのだろうが、並みのものではない。これだけの数の『遺跡』にもぐって、目に見えるほどの外傷ひとつ作ってないということからも、いや生き残っているそのこと自体が、彼の能力の高さを明確に示していた。
「そんで実際一緒に動いてみて、どうよ? どんな奴だった?」
 どうせ書面でも提出させるくせに、他所には出さぬ情報の代価として、微にいり細をうがち厭になるほど事細かに恒例の報告を口頭でやらされたロウは、なみなみと注いだ東北の地酒で喉を潤していたのだが、問いにひょいと眉を上げ、微妙な口調で言った。
「ま、ガキだ」
「今は…18歳、高校生か」
「見た目はもっと下、小学生でもおかしくないくらいに見えたぜ?」
「そ〜りゃまた超童顔」
 軽口に、彼はふっと喉で笑った。何か感じたのかクリスが無言で問うと、空いた盃に酒を注ぐよう促し。
「やたらと綺麗なカラクリ箱の中に点火済のネズミ花火が入ってる、みたいなヤツ」
「………おいおい」
「いやホント、物騒も物騒。次に何しでかすか、さっぱり予想がつかない。あんなやり方で、よくまあ無事にこれだけの履歴を残せてるよ」
 モニターを指先で無造作に弾く。批難の目を無視して、彼は盃をあおった。
「まあ、このまま経験積めば、いずれ間違いなく世界的に名が売れるだろ」
「へ〜え。おまえがそこまで誉めるってことは、本物か」
「ああ、多分な」
「………何かあったか?」
「なんで?」
「探索の後にしてもちょいと、機嫌良すぎ」
 ふん、と鼻で笑って盃を空ける。さほど酒にのまれる性質ではない彼が、ふっと酔ったような風情を見せた。夜の淵に似た漆黒の瞳がそこはかとなく艶を帯び、愉快でたまらないといった表情を浮かべて。
「ヒトメボレ、だってさ」
「え?」
「そのガキ。オレにヒトメボレしたんだと」
「ええっ!?」
「背中に叫ばれてみろよ。たまんねーぜ?」
 くっくっと堪えもせぬ爆笑を見下ろしてクリスは信じられぬふうに目を瞬かせ、それから興味深々の表情を隠しもせずに訊いた。
「…で、おまえは何て答えたわけ?」
「答えてねえよ」
「へ?」
「バイクの速度出てたんで、そのまんま置いてきた」
「おまえなぁ………」
 悪びれた様子のまったくない悪友に流石に呆れてクリスは自分の盃を干し、新たにとろりと酒を注ぐ。室温になじんだ酒は喉ごしよく、じわりと身を温めた。
「…ガキの純情、玩ぶんじゃないよ」
「そんな危ないマネできねえって」
 笑みながら、だが思いの他真剣な眼差しがクリスに向けられていた。
「そんなんじゃない」
「じゃ、何さ?」
「追うのが性分のオレみたいなのが追いかけられるのなんて、そうあることじゃないだろ。面白いじゃないか」
 ああもう空いちまった、と盃の上でさかさにした酒瓶を軽くふると、次の封を切る。
「多分、また会うさ。近いうちに。そんな気がする」
「………つまり」
 しばしの沈黙の後に、重々しく、というか救いようが無いと言わんばかりにクリスが告げた。
「おまえ、そいつのこと気に入ったわけね?」
「そういうこと」
「同情するよ、その、シルヴってガキに」
 ぽんとキーが叩かれると、モニターに少年の胸部画像が現れた。
 幼げな顔立ちに不敵な笑みを浮かべたそれに、ロウもにやりと笑みを浮かべる。
「………負けてなんかやらないよ」
 舞台は『遺跡』。一筋縄ではいかない少年は、次はいつ現れるだろう。
「クリス。どこか面白い『遺跡』はないか? 今回は北だったから、次は南がいいな」
「じゃ、これなんてどうだ? 沖縄の南東の海上、二時間前に出現が確認されてる」
「海上か。そりゃいい」
 笑いながら椅子から降り、くいっと盃を干して上着を羽織る。
「土産は泡盛でいいぞ」
「はいよ」
 軽くじゃあなと手を振る背中は、もう次の冒険のことしか頭にないだろう。
 いつものように。






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