People in the Marvelous Wind 2(仮)






 》 hunt 5 :


 撮影用のライトが遺跡内部の壁を薄暗く照らし出す。その壁には緻密な彫刻も流麗な文字も何もなかった。ただの曇った白色の壁。
 そんな場所を数人が足音を立てて進んでゆく。饒舌すぎる男の話も進んでゆく。
 一体どれだけ話してれば気が済むんだろうと思いながらシルヴが歩いていると、唐突に胸ポケットに入れていたモバイルが振動した。手早くそれを手にして視線を滑らせデータをチェックする。
(……やっぱり……)
 そこにはこの遺跡がチェックミスで『ランクE』と判断されてしまったこと、それから……。
「へぇ……。」
 思わず声が漏れ、口の端がつりあがる。そしてその目には嬉しそうな、楽しそうな輝きが灯った。その表情に前を行く大人達は気がつかない。
 シルヴは待機したままのモバイルに小声で命令を下した。
「ブリュンヒルデに接続。……聞こえてる?」
 彼の確認する声に答えるように、モバイルの画面にふっと女性の姿が表示された。
 癖のない金髪に新緑の瞳……『ヴァルキュリア』の名前のその通りに、整った顔に笑みを浮かべている。
「ちょっとお願いが…………。」
 画面に見入っていたシルヴは気がつかなかった。ふっと視界に影がさし……。
「あぐっ?!」
 横手から出てきた“何か”にシルヴはぶつかった。転ぶところまではいかなかったが、その固い感触に嫌な予感がして、痛いはずの頭を押さえることも忘れてそっと視線を左斜め上に向ける。
 …………
「う……っあぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
 シルヴはそれを見上げたまま、珍しくけたたましい悲鳴を上げた。普段はもちろん、遺跡探索中でもめったに出すことのない声。
 光と影、そして下から上へ見上げる角度。それらが一層不気味に見せていて……。ぬらっとした体液を滴らせ、ごつごつとしたその形状は光の具合で全ては見えないがそれがまた……恐い。
 しかし悲鳴を上げはしてもしっかりと体が動いている辺りはさすがトレジャーハンターといったところか。そいつが手らしきものを伸ばすより早く、シルヴは鞄から取り出したものを思いっきり前方の床に投げると、即座に進行方向の集団に向かって走り出した。
「なんでいきなりあんなのが出るんだよぉぉぉぉぉーっ!!」
 あの、あいつは守護者だ。それも体液が可燃性の厄介なヤツ。守護者の体はかなりの硬度のため『普通の』武器は役に立たない。火達磨になって突っ込んでこられたらどうなるかが考えなくても分かる。
 守護者が追ってくる音を頼りに見当をつけてカウントダウンを始めた。
(3、2、1……。)
「ゼロ。」
 彼がポツリと呟いたのと同時に先ほど床に転がした指向性爆薬が作動して、追いかけてきた守護者の丁度真下から上へ爆発の衝撃が駆け抜ける。
 その音にさすがに先行していた坂崎と撮影スタッフたちが立ち止まって振り返った。それは衝撃に貫かれた守護者の体液が内側から炎となった瞬間。
「おおっ! これぞまさにぐぅっちゃ〜んっ!! 見よっ! 我輩の『ウエコさん』の雄姿ををぉぉぉ……っ!!」
 坂崎は(いつの間にか着ていた)白衣をはためかせ通路のど真ん中で大仰にポーズを決めた。彼にしてみればここで『ウエコさん』の性能を見せつけ、おまけにシルヴを救えばポイント倍増といった考えだったのだろうが……。
 そんな彼をシルヴはあっさりと無視して必至に視線を周囲に向け、そこにあると分かっている罠を捜す。ふと、一点に違和感。
(見つけたっ)
 シルヴがそれを見つけて手を伸ばすのと、坂崎が叫ぶのとは同時だった。
「フォォォ……今こそ機能のうちの一つを……見せてやる! 感謝してその網膜にやきつけとけ」
 カチッ
 シルヴの作動させた仕掛けは一定の間隔で背後から迫る炎を遮断すべく、本来は侵入者を閉じ込めるはずの壁が次々に通路を塞いでいく。そのわずかな瞬間に見えたのは、壁を破壊しながら進む爆炎。
(……少しずつ弱くなってる……とりあえず成功かな……)
 そんな事を考えながらふと隣に立つ坂崎を見る。
「……何やってるの……?」
 無意識にシルヴの口元が引きつっていた。
「見て分からんのか。さすが一般人だな。この動き自体が発動コードになっているのだ。音声でも発動するが余裕と気分の問題だ。」
 ようするにこの大仰で怪しい動きは本人の趣味らしいと結論付けたところで、全ての壁が落ちた。それでも壁の向こうから破壊音が近づいてくる。
「ウエコさーんん…(ため)…バリヤァァァァっ! はぁぁぁつ……」
「言ってる……。」
 びしっと決めようとした坂崎の胸倉をシルヴがつかみ……
「場合じゃないだろーっ!」
 ……投げ飛ばした。インドア派とはいえ結構な対格差の彼をあっさりと。
「くっくっく……この程度でウエコさんが破れ……やぶ……うぅっ。」
 ウエコさんは敗れなかったが、坂崎はあっさり敗れた。
 そんな彼を強引に引っ張り、全てを撮影しているスタッフ達のところへ持っていく。彼らのところに着いた所で最後の一枚が崩れ落ちる。
 スタッフ達の悲鳴が、通路いっぱいに反響した。
「大丈夫。動かないで。」
 シルヴの言葉を肯定するように、それ破壊は壁を破壊したところで力尽きた。おまけに、坂崎の前髪数本を道連れにして。
「ね? 大丈夫だったでしょ。」
 一応一般人の彼らを安心させようとにっこり笑って言ったシルヴは、目ざといスタッフに耳に付けているピアス型の許可証を見つけられて、企画が変更になるとは思っていなかったに違いない。
「ねぇブリュン。ロウ、呼び出せない?」
『呼び出すのは構いませんが、遺跡の中ですよ。』
「めんどくさいんだ? 協会だともっと時間がかかるよねぇ……。誰かいない?」
『では、ウィザード・クリスに連絡してみますね。この件には彼も動いているようですし、ロウさんともお知り合いですから丁度良いでしょう。』
「そういえば前、ネットで会ったって言ってたっけ。まぁ彼ならブリュンも連携取りやすいでしょ。……それにとっとと押し付けて探索したいし。」




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