People in the Marvelous Wind 2(仮)






 》 hunt 6:


『ん? おもしろいとこから連絡きたぜ』
 通信が回復するといきなり、クリスがそんなことを言った。


 おそらくそこそこ離れた位置で発生したらしい爆音を聞き取りながら、最初の中継器を作動させると、途絶せずに稼動し続けていたデータ画面だけでなく通信画面も復帰した。まったく、クリスの優先度があからさまに示されている。
 ただし。
「あ、飲まれた」
 壁面に固定させたとほとんど同時に、中継器がするりとも音をたてることなく姿を消した。当然のことだが通信も切れる。手を触れてもそこは鏡のように滑らかで、堅く、触れた手がめり込むことはなかった。
「金属類だけか? …仕方ないな」
 呟きながら動揺するでもなく、別の中継器を仕掛ける前に、ロウは胸ポケットに手を入れて細い針金状のものを取り出した。
 それを器用に折り曲げて、瞬く間に隙間だらけだが球形の網籠のようなものを作りあげる。中継器をその内側に収めて手袋を装着した左手に力を込めると、その網籠は虹色の色彩を帯びて僅かに輝いた。天井近くでそのまま手放す。
 中継器を抱えたままそれは、支えもなしにぴたりと中空に静止した。
 まるでその光に誘われるようについっと、浮いた網籠の周囲を走るものがあった。とっさに右手が動き、捕える。鶏卵ほどの大きさの『守護者』がびりびりと震えていた。甲虫の堅い羽の隙間のような場所から、ちらちらと橙色の光がちらつく。通称・火打石と呼ばれる、発火系だ。
 思わず舌打ちして破壊しようとしたが、思い直した。無理やり押し付けられた採集箱を取り出して組み立て、中に押し込む。これを持ち帰ればクリスへの義理は済むだろう。
 気を取り直し、同様の網籠を作りながら中継器を稼動させた。通信を復帰させた途端のクリスの台詞に、そうして盛大に眉を顰める。
「おもしろいところぉ?」
 クリスの言うそれが、ごくあたりまえにおもしろいものであるはずがない。案の定、にやにやと笑いながら画面いっぱいに顔を寄せて、それを教えた。
『最近知り合った美人さん』
「とりあえず、おまえのナンパの成果は聞いてない」
『そう言うなよ〜。一ヶ月くらいになるかな、彼女、ブリュンヒルデっていうんだけどさ、JSでお近づきになったのさ』
「…だからな…」
『例のガキの、フォロースタッフだって』
「え?」
 悪戯が成功した悪ガキの顔で、にやりとクリスが笑う。
『おまえが中に入ったこと、気づかれてるみたいだな』
「………手間が省けるのはいいんだがな」
 やれやれと、ロウはため息をついた。
 通称JSと呼ばれる、正式名称《ジャンクスペース》は、ハンター仲間の中でも特殊な、簡単に言ってしまえばクリスのような連中が集まるネット上のスペースだ。協会が管理している公式サイト内に置かれた情報交換エリアとはまた別で、入り口の場所は密かに公開されているものの、普通は入れない。何故ならハンター資格を持っていても、よほど腕が無いと入ることができない、罠つきの入り口を備えているからだ。下手に首をつっこむと、PCが完璧にイカレル。
 そんなところでお知り合いになったというのだ。シルヴがかなりの技術を持っていることは明らかだったが、スタッフもやはりそれなりの人間を使っているらしい。
 連携についての打ち合わせを聞きながら、すでに彼の足はシルヴたちがいる方向に向けて動いていた。まず合流することにはしたが、とりあえず居場所を視認しなければ話にならない。しかしながら。
「さっきの爆音がなんだったのか、教えてもらえるか?」
『可燃性の『守護者』が出たらしいよ。隔壁を起動させて防御したって』
「………厭なものが出やがる」
 可燃系は、窒息の可能性が高くなるので地下では特に会いたくない『守護者』のひとつだ。しかも加えて発火系のものがうろついている。やっかいだ。
 ただでさえ、火花みたいなのがいるってのに。
 ふっと笑ってロウは二つ目の中継器を天井近くに浮かべながら幾つ目かの角を曲がり、そのまま勢いを殺した。ヒュッ、と口笛を鳴らす。
 二歩先で床が切れていた。
「要救助者、位置確認完了。人数、申請より多いぞ」
『よくあることだろ。あのガキがあっさり同行できたんだぜ?』
「罰則かけるよう、リオニスに言っとけば?」
『勝手にやるんじゃねえの? それよりも、もっとちゃんと視覚情報よこせよ。連中、どんな場所にいるんだ?』
「個人的に、すっごい嫌な感じのとこ。何を連想したと思う?」
 とりあえず降りるとしても、素材を選ばないと壁に飲まれる。綱を固定して降りるか別の手段をとるか検討しながら、ロウは笑った。
「すり鉢型で、まるで闘技場……コロセウムだよ」
 一人、広い空間の真ん中に出てなんとも奇妙な動きをしている人間がいる。多少離れて、一際小柄な少年の姿。かなりの高度から見下ろすうちに彼は、うっかり忘れるところだったと呟いた。
「なあ、クリス。おまえ、どの程度、手が空いてる?」
『別にどうとでもするけど。なにさ?』
「…例の、オーディン。抑えておいてもらえないかと思ってさ?」
 にやり。
 クリスがとっても愉快そうに、笑った。




《 hunt 5 》  《 hunt 7 》




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