People in the Marvelous Wind 2(仮)






 》 hunt 8 :


 シルヴの小柄な身体がまるで人形のように、あまりに勢いよくころんと転がった様に思わず噴き出さずにいられなかったロウは、次いで響き渡った吼声につられてその姿を足下に捉えた。珍しくも息を飲んで絶句する。
「…と、見惚れてどうするよ」
 だがそれは、見惚れると言うに相応しい威容であった。
 壁面から、いや扉か何かが開いたのだろうか。素早く立ち上がったシルヴに真正面から向き合って、ぬっと突き出された高らかに威嚇の声を上げる頭部には、冠のように長短様々な角が幾本も並び、装甲そのものの鱗の奥ぎらりと硬質な黄金色の瞳が輝いていた。
 長い頸部を支えるがっしりと巨きな体躯、音を立てて地を踏む四肢。そしてその背に拘束からの解放に歓喜するかの如く、身の丈の二倍はあろうかという翼がばさりばさりと広げられ、先端に鋭利な突起を持った長い尾が、床の上すれすれを薙ぎ払い空を切る鋭い音を立てた。
 その全身は、頭部から尾の先端に至るまで、虹色を帯びた黄金色に煌めいている。
 オリハルコンの輝きをまとった、滅多にいない大物の『守護者』!
「高ランクなだけあるが、それにしても。竜とは、畏れいるねぇ…。さっすが闘技場ってことか」
 さしも好奇心だけで行動しているような取材クルー達も怯えた様子を隠せず、悲鳴をあげながらてんでにばたばた逃げ惑っている。それでもカメラを構えている根性には感心するが、時と場合を考えるべきだろう。
 そう、少年の後方から竜の真ん前に躍り出し、何の意図があるのか判じ難い動作を始めたヤツは特に。
「…そっか、アレも連れて脱出すんだったよな……。特別手当、増額してもらわねえと割りにあわねえなぁ…」
 おそらく、いやきっと当人にはちゃんと意味があるのだろうが、ちょろちょろとした動きは、どれほどの脅威をもたらすとも思われないし、いかにも邪魔臭いだけだった。竜もまた目障りだという態度を見せてふいに、頸をしなやかに後方へ逸らした。
 咄嗟に穴の外、闘技場の壁に突出した装飾があることを確かめると同時にロウは腕を振った。
 使い慣れた道具がブンッと音を立てて伸びるとしっかり絡まり、即座に飛び降りたロウの身体を支える。
 どんぴしゃり。びんと伸びきった時点でぐんと腕に自重がかかり、ほぼ同時に足裏が隆起した背中を踏んでいた。ひとひねりで天井から鞭を外し、返す手首で再びそれを振るう。過たず、狙った通りびしりと巻きつけたしなやかな鞭を、力任せに引きしぼった。
 紙一重の差だった。まさにシルヴたち侵入者の一群に向けられていた口腔は頭上に逸れ、グガァッという呼気と共に火焔が空を焼いた。
「わーおっ、かーっこいー!」
 勇壮なオリハルコンの鱗を纏った竜の背をまたぎ、首に巻きつけた鞭を手綱にしていたロウは、耳に届いた単純な歓声に苦笑した。今がどれほど危険な状況だったか、わかっていないとは思えないのだが、この仔猫は相変わらず…。
 攻撃を邪魔されたと知った竜は一瞬低く身を屈めるや否や、穴を穿つ勢いで床を蹴り、両翼を打ち振るった。浮遊感を感じたと思う間もなく、頭上に天井が迫る。咄嗟に爪先を鱗の隙間に押し込み、振り落とされぬよう膝に力を込めて姿勢を低くする。竜が狙いをつけられぬように手綱を加減して引けば、鮮やかに、竜の身体は右に左にと旋回し、頭部から尾の先端までを撓らせた。
 一瞬たりとも気が抜けない、まさに空中ロデオだ。
 次の手を考えながら、取材クルーたちのいる床面に火焔が向かうことだけは何とか防いでいるものの、天井や周囲の壁面に逸らした火焔は空気を焼き、触れた物を焼き焦がすというよりむしろ蒸発させる。火焔や長大な尾の攻撃によって落下物はただでさえ引きもきらず降り注いでいるというのに、さらに煙に紛れるためなおさら危険極まりないときている。
 またそれに伴って闘技場内の温度は急速に上昇していた。この手の活動に慣れたハンターたちならともかく、素人にはそろそろまともな判断が困難になっているに違いない。これからどうするにしても、場内に居られるのが一番邪魔なのは確かだ。
 となれば、さっきからこちらの様子を見上げて、すっかり傍観態勢に入っている仔猫にそれをやってもらうのが順当というものだろう。即座に位置確認のために闘技場全体をざっと見渡した。
 うっかり目にしたものに気をとられ、危うく壁面に叩きつけられそうになった。もちろん強引に力技で方向転換させてかわしながら、ロウはクリスを呼び出して回線を繋がせ、シルヴの名を呼んだ。
「おい、シルヴっ!」
「なぁにー、ロウ!?」
 ぶんぶんと手を振って、もうすっかり全部人に押しつけたつもりでいるらしい。脱力感を堪えてロウは叫んだ。
「そこの連中まとめて、今すぐ入って来た道を戻れ」
「ええぇーっ!?」
「えー、じゃないっ」
「ちぇーっ!?」
「…おまえなぁっ!」
 ちらりととある方向に目を向けたロウは騒音に紛れぬほど強く舌打ちすると、なおもぶーぶー言っているシルヴに向けて厳然と脱出を命じ、叫んだ。
「早くしろ、戻れなくなるぞ」
「えー、なんでさー!?」
「お調子もんが、もう一体、番犬の尾を踏みやがったんだよ!」
 そう、竜の背から勢いよく指さした先では。
 例の研究者が白衣を着乱し、愉快な格好で巨大な三つ首の下にすっ転がっていた。




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