月斗桂( as HUNTERS )
Presents

『 People in the Marvelous Wind 』 番外SS




ど る ち ぇ








 二月某日。
 週末の雑踏の中を歩いていた、ちょうどその時。
「あぁー! ロウだぁー!! やほーっ!!!」
 唐突に。ものすごく唐突に上がった雄叫びが後方から急速接近してくるのを認識し、彼はタイミングを見計らってひょいっと身をかわした。
 にゃっ、と着地で足場を外した猫のような声を上げて脇を駆け抜けた少年は、ぐっと足を踏んばって身をひねり、がしっと目の前の胴体に思い切り抱きついた。
「へへー、久しぶり。何してんの?」
「…おまえなぁ……」
 ピンとたった猫耳が見えそうだ。呆れたふうに言いながら、言うよりはずっとおかしそうな、楽しそうな顔で見上げてくる少年の頭をわしゃわしゃとかきまぜ、勢いよくひきはがした。
 シルヴはまったく気にしていないが、美少年(自覚皆無)にべったりと抱きつかれているなんてのは、流石にこんなに人通りの多い街中、公衆の面前で堂々とやるようなことではないと、ロウ自身は思っている。
(それ以前に、クリスにばれたら笑われるぞ、おい)
 そしてじたばた暴れる元気な仔猫に再び抱きつかれないよう防御しながら、気を逸らそうと質問に答えた。
「こっちで人に会う約束があってな。…こら、いいかげんに諦めろ」
「むー。会うって、女の人?」
 今日という日にちからそう推測したのだろう。小首をかしげ、大きな目をぱっちりと見開き、少々上目づかいに問いかけてくる。
「ハンター仲間。一昨日、南米から帰国の挨拶の名目で、まったく機能の見当がつかない『遺物』があるから意見が欲しいって要請があったんだ。クリスにつなぎとって欲しいってことになると思うんだが、よほど珍しい代物じゃないと、そうそうあいつの気はひけないからな。それもあってまず俺に相談したいってことらしい」
「へぇ。どんなのかなぁ?」
「見てみないとわからんな、こればっかりは。…そう言うおまえこそ、今日はどうしたんだ? こんなところで時間を潰してていいのか?」
 聞いた途端、シルヴはとろとろに相好を崩した。
「へへー。今日はさ、これからクラスのみんなでケーキバイキング行くんだ!」
「ケーキバイキング?」
「うん! ほら、今日ってバレンタインデーでしょ? おれ、甘いものけっこう好きだからさ、それ知ってるクラスの女の子が、じゃあ思いっきり食べられるようにケーキバイキングおごってあげるから一緒に行こうよ、って話になったんだ。でさでさっ、そこのチョコケーキがね、ものすぅっっっっごくっおいしいんだって!!」
 わくわくっという擬音が聞こえてきそうなくらい、目がきらきら輝いている。
「そりゃよかったな。だが、学校帰りならみんな一緒に移動してるんじゃないのか? 現地集合か?」
「あ、おれ一回家に帰って、学校で貰ったチョコを置いてきたから」
「………おまえ、どんだけ大量に貰ったわけ?」
「んっとね、今年は手さげ紙袋で三つ分くらい」
「大漁だな」
「うん」
 小さい子どもみたいにこっくりと頷いて、ふいに何かを思いついたように目を煌めかせると、ロウの目の前にぱっと両手を差し出した。
「?」
「えへへー。ちょーだい!!」
「………」
 そんなに貰っておいてまだ欲しいのか、とか、これから腹いっぱいケーキを食べに行くとか言ってなかったか? とか、おまえもしかして学校でもそうやって強請り取ったのかい! とかつっこみたい気持ちはやまやまだったが、とりあえず黙殺した。きりがないからだ。
 深く深く腹の底からため息をついて、改めてシルヴを見れば、わくわくわくっ、とでも言いたげなオーラを背中に背負って、にっこり笑って待っている。
(しっぽが見えるぞ、おい)
 苦笑して、ロウは少年の頭をがしがし撫でた。勢いにぷうと頬をふくらませて抗議の表情を浮かべたその手に、胸ポケットからフロッピーディスク程度の大きさの箱を取り出して、ぽんと載せてやった。
「ほら。腹壊さない程度にしておけよ。じゃあな」
 おまけ、と額を小突いて背を向ける。そろそろ待ち合わせの時間だった。シルヴの方も約束のことを思い出したのだろう、追ってまでは来なかったが「ありがとー!!」と背後で大きく叫ばれてしまい、多分、思いっきり手も振ってるんだろうなと想像できて、ちょっと気恥ずかしい。周囲で若い女性たちがくすくす笑っているのが目に入り、想像が正解だろうと確信する。
 貰い物だったがあの調子だ、こだわらないだろうと、思った端から小さく笑みがこぼれた。
 確か中味は猫の足裏の形、かわいらしい肉球を模したミルクチョコレート。


 やんちゃな仔猫にはちょうどいい。




《END》








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