People in the Marvelous Wind 2(仮)






 》 hunt 9 :


 ロウが指を指したものを見てシルヴはやっぱりと思うのと同時に、ここ数十分の経験で色々慣れている自分にびっくりする。
 見上げるほど……5mはある大きな……地獄の番犬は竜と同じ色の毛並み、ほぼ同じぐらいの大きさだった。その巨体を用心深くゆっくり屈めて、ぴくりとも しない研究者に三つの頭がそれぞれ鼻面を近づけて匂いを嗅ぎまわっている。
 シルヴは殺しても死ななそうだしと薄情な判断を下し、今のうちにさっと視線を走らせてテレビクルーの位置を把握する。彼らは守護者から離れようとした結 果か、無意識のうちにばらばらと壁際へ逃れていた。そして命の危険にようやく気がついたか、入ってきた通路へ走っていく。
 もっと早く気がついてよと思いながらシルヴもそこへ向かう。その途中で最後尾を走っていたレポーターが転倒、起き上がるのを手伝ってから、鞄の中から小 さな木切れのようなものを取り出す。全員が……いや、科学者以外のクルーがその場所にいるのを確認すると、その木切れを通路に向かって放り投げた。
「ちょっと待ってて。動こうと思っても動けないと思うけどさ」
 呟いた言葉が聞き取られるよりも早く、軽い音を立ててその木切れは床に落ちる。
 瞬間。
 それは爆発的に質量を増して通路いっぱいに広がり、瞬き一つの間にクルー達を飲み込んだ。その様子はまるで自然木をそのまま縦横無尽に編んだ鳥かご。こ れは中にいるものを守るようにできている。ブリュンから説明を聞いてはいたが……中にいるものを守る、それが分かってればそれでいい。
「使えればいいもんね。保護完了」
 少々乱暴な保護を終えてシルヴは後を振り返った。
 暴れる竜が高い壁の一角をその尾で崩しそうになるのを、ロウが制御しているのが見える。彼に大声で保護したと叫んで、次に自分の相手になる魔犬に視線を 向けると楽しそうに前足で坂崎を転がしている様子が映る。
 どうしようか……オーディーンは動く標的に向かないし、そもそもメンテ中だから使えない。
 と、唐突にあることを思い出す。そしてそれのことをブリュンに問い合わせようと口を開いた。
「ねぇねぇブリュン、ノートゥ……」
『だめです』
 全て言い終わらないうちに却下されてしまった。
「じゃあさ、ドラゴンキラーだかスレイヤーだか、そういうのない?」
 確かそういう遺物があったはずだ。家にあるかどうかは忘れたけれど。
『ありますよ。協会の博物館に展示されてます』
 ……とても持ち出せない。借りるにしても協会の許可も絶対下りないだろう。
「結局体張らないとダメなのかぁ」
 溜め息一つついてとりあえず魔犬に向かって走る。なんだか今日は走ってばっかりだ。

 シルヴは新しいおもちゃに夢中になって死角だらけの魔犬を視界に納めながら、気付かれないようにそろりとその背後に回りこむ。そして……
 その大きな尾を、勢いよく踏みつける。
 番犬の動きがぴたりと止まった。ぎろりと高い位置にある頭がゆっくりと振り返り、三対の目がシルヴを見下ろす。
 注意をひきつけるのには成功した。後の問題は研究者を避難させること。
「えーっと……それじゃね」
 ひらひらと手を振って愛想笑いを浮かべるとくるりと向きを変え次第猛ダッシュ。
 魔犬は怒りの咆哮を上げて大きく一歩を踏み込み、シルヴの後を追う。その際、妙な声が聞こえたけれど気にする暇は無い。
 案の定、すぐに追いつかれてその鋭い爪がシルヴへ向かう。
 無意識に右へ飛びのくと、爪は凄まじい勢いで床に突き刺さる。それも、あっさりと抵抗なく。
「げ……さすがオリハルコン……」
 着地と同時に今度は三つある頭のうちの一つが迫ってきた。声を上げる間もなく床を蹴って跳び上がり、その鼻面を踏みつけて宙へ逃れる。すかさずワイヤー を壁に打ち込んで軌道を変え、その足元を別の頭が通り過ぎた。そして体を捻って足から壁に着地、腕を振り壁からワイヤーを外すと床へ降り……
「避けろ!」
「え?」
 不意にかけられたロウの声に反応が半瞬ほど遅れた。気づいた時にはもう、遅い。
「ふはーっはっはっはっはっ! 今こぶばっはっ」
「わっ!?」
 脇から飛んできたソレは、見事にシルヴに激突。壁へ彼をプレスした後、数秒を置いてぽてりと床に落ちる。
 嫌な沈黙。シルヴは壁に張り付いたまま動かない。
 どうだ、参ったかと得意げに見下ろす番犬。
「おい! 無事か?!」
 ゆらりとシルヴは壁から離れると、転がった坂崎を見下ろしてロウに返す。
「痛いけど大丈夫……」
 念のためと着てきた遺跡探索用のジャケットのおかげである程度衝撃は吸収された。おかげで多少痛い程度だ。が、腹の虫は煮えたぎっている。
「なら、これ以上ややこしくなる前にそれ回収しとけ!」
 ロウが竜の背から叫んだ言葉はきっちりシルヴに届いていた。ただし、多少歪んで。
「オッケー……じゃあ回収しやすいように折りたたまないとねぇ? どこまで小さくなるかな〜」
「おいこら。そんなのでも一応無事に助けないと報酬入らないぞ。おっと」
「ちっ」
 舌打ちをして目を回している研究者の足を掴むと、クルーのいる場所へ戻る。遺物のおかげでその重さは殆ど無い。
 背後に魔犬の気配を感じて凄まじい勢い熱気を感じる。ロウが竜を御してその炎を魔犬にぶつけさせたのだ。
 そのおかげで距離が開き、シルヴは無事通路に辿りつく。テレビクルー達の入っている大きなかごの中に研究者も強引に押し込んで振り返る。
 竜の背で手綱を操っているロウと目が合う。
 にやりと、その口元が笑っていた。




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