People in the Marvelous Wind






 》 hunt 11:

 シルヴが操作を開始した途端に室内の空気が低く唸りをあげた。ぴりぴりと震える空気を皮膚で感じ、作業の速さに感心した。展開された複数の画面には異なる情報が同時に走り、瞬時に次の選択肢を提示していく。
(ふむ、速い。けっこう使い込んでるな。音声入力、と、う〜わ、神代文字まで入れてあるのか…)
 全てを読み取れたわけではないが、画面上をざっと眺めるに、およそトレジャーハンターが目にする基本的な古代文字は全て利用可能らしい。基礎プログラムのデータでもあったら小躍りしそうな連中を1ダースほど思いおこしながら、自想式PCの特性を利用しきっているらしい情報の奔流を追う。
 ちらりと視線を移せば、余裕を見せようと構えてみせても少年の緊張感はサイズの合わないコート越し、ほっそりした背中に伺えた。どんな決意が彼を駆り立てているのだろう。単純な正義感では、まさかあるまいが。
 それにしても、相変わらず見た目をきっぱり裏切るすばらしい集中力につくづく感心するものの、これが後どれだけ続くのか……続けられるか。
 長引けば不利になるのはこちらだ。
 驚異的な操作を見せているシルヴの耐久力への懸念はもちろん、『遺跡』を完全に騙しきるのは、実際不可能なのだ。とりわけ『守護者』は独立して機能していることも稀ではなく、『遺跡』がほんのわずかな異変を感知しただけで、異物の排除にかかる。今回だって例外ではない。そもそも通路ですでに遭遇している、今動いてもおかしくない。そしてここに一体でも入ってこられたら、その時点でアウトだ。
 シルヴが干渉を開始したと同時に、入口は封鎖されただろう。転送機能が設置されているだけに、直接『守護者』が雪崩れこんでくるまで、どれだけの時間が残っているか…。そこまで気を回す余裕はとても無いだろう。
 フォローはこっちの分担ってことで。
 ちらと使えそうなものを検討する。この空間にあっては、どれほど細工したところでオリハルコンは干渉を受けるから、速攻で却下。手を伸ばすとすぐに少年に届く距離を維持しつつ使える、次善の道具といえば…
 瞬刻もシルヴの背中から目を離さぬまま、彼は上着の右ポケットを探った。ひとつ、ふたつ、みっつ、…よっつ。胡桃大の金属塊を握りこみ、少年の集中力を乱さぬよう音をたてずに取り出すと背後に、二人で入ってきた扉に向けてそっと全てを転がしてやる。振り向かずとも特徴的な四つの小さな音がばらばらに聞こえて、全てが作動したとわかった。ミスリル製の仕掛けが時間差で展開されている、はず。
 時間稼ぎだが、無いよりましだろう。扉を封じるのは蜘蛛の巣に酷似した青銀色の、繊細で強靭な拘束だ。部屋の構造上、扉以外の出入口は存在せぬようだから、これが一応保険になる。二体程度ならしばらくはもつ。
 あとはシルヴの腕次第。見守るしかない状態というのは具合が悪いが、こればかりは手が出せない。出しようが無い。たとえどれほど不穏な台詞が聞こえてこようとも。
 まさか『遺跡』の防御機構を無効化して本体機能を停止させただけではあきたらず、外部からそれをさらに粉砕しようだなんて、…いや、使用目的もさておいて、そもそも攻撃衛星なんぞキープしてるなよ、物騒な!
 容赦ない指示を耳に絶句するしかない彼の目前で、最後の命令がためらいなく少年の口から発せられた。
「グングニール発射! …………あ」
 鋭く眩しい光の中に都市模型が消失した、直後。
 なにやら不穏な声がした。
 不審感をいっぱいに向けた視線の先で、シルヴは閃光を背に、それはもう愛らしい笑顔を浮かべていた。本当に、これ以上ないだろうってくらい愛嬌たっぷりに。
「範囲の設定、間違えちゃったっ」

 待て。
 ロウの思考が真っ白になる。
 待て、今、何て言った、こいつ!!
 直前までの経過から、もうたいがいのことはどうでもいいかと思えるような心持だったが、これには流石に呆れた。呆れ返った。
 しかもなんなんだその、「てへ」とか言わんばかりの愛嬌満載の笑顔は!!!

 反射的に伸ばした手で、まるでやんちゃな仔猫を扱うように細い首根っこを掴み、ロウは心底から呆れ果てた表情で怒鳴りつけた。
「あんたな、詰めが激甘!」
 残る片手でモノクルの端を押し。
 次の瞬間、二人の姿は崩壊する『遺跡』内部から幻のように消え失せた。


「さて、いい天気だ」
「………どこ、ここ?」
「地上」
「いや、それはわかってるけど」
 非常にのどかな風景だった。
 周囲には青々とした水田が広がり、風が鮮やかに走跡を描いている。空は真っ青に晴れ上がり、高い場所でひるるるぅ、と鳶が鳴いていた。
 無造作にぽいと放りだされ、畦道にぺったりと座り込んだシルヴは右に、左に、またぐるりと首を回してそこが穏やか極まりない、まったくの田舎であることを確認していた。タオルの下から顔を覗かせる仔猫のような仕草に、ついつい浮かぶ笑みをかみ殺しながらモノクルをはずす。
「えっと、……ひみつへいき?」
「携帯転送装置」
「ちょうだい」
「やだね」
 まだ混乱しているだろうに、首をかしげ上目遣いでちゃっかりそんなことを言った少年に、ばか、と頭を小突いて朗らかに笑う。普段は自力で戻るまでを楽しむので滅多には使わないが、最後の保険として念のために『遺跡』外に仕掛けておいた、一対しかない貴重で便利な『遺物』の片割れを回収し、ロウは簡単に現在地の情報を与えた。
 現在地は東北某県、おそらくはついさっきまで短期型の『遺跡』が存在していた水田地帯のど真ん中。農繁期を外れているので、人影をみるのはせいぜい半日に一回がいいところ。他のハンター連中は結局まだ来てはいないらしい。東側にしばらく行くと小さな町があって、温泉もあるから疲れを落とすにはいいんじゃないか、と指し示し。
「じゃ、そういうことで」
 え、とシルヴが振り返ると同時に、のどかな風景には不似合いな低いエンジン音が轟いた。ロウは口の端でにやりと笑い、まだ呆然としている少年を砂利道に残したまま、かる〜く手をふった。
「がんばって帰れよ〜」
「え、…ええええええぇぇぇぇぇぇぇーっ!!!!」
 弾けるような爆笑を残して走り去る大型バイクをなす術なく見送って、シルヴは仁王立ちで絶叫した。
「東北って、東北って、……東京から何キロあると思ってんだぁーーーーー!!!」
 抜けるような青空に、鳶がくるりと輪を描いた。






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